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100日日記

著者 松島永子

2000年12月6日(水)産経新聞静岡版”学びと教えの現場から”掲載

100日日記

 日記と言えば、普通は正月から気分も新たに書き始めることが多いだろう。しかし、年末のこの時期から始める「百日・百頁限定」の日記があった。それは…
 六年担任の年。十二月。私は百ページのノートを用意する。卒業式は三月二十日前後。逆算してその百日前に子供たちにノートを渡す。
「これは、卒業までの百日日記用ノートです。小学校卒業前の百日間、自分がどんなことを考え、どんなことをして過ごしてきたかを毎日続けて書くのです。何でも百続けるというのは本当に難しいことです。でもそれに挑戦してやり遂げられたら、一つ自分に自信を持って卒業できると思いますよ。クラスみんなでやってみませんか。」
 子供たちは真剣な顔で聞いていた。表紙の裏にはクラスメイトからのメッセージを書くことにした。
「忘れずに続けようぜ。」
「百日一緒にがんばろう。」
 書きたくないとき、眠いとき、挫折しそうになったとき、このメッセージを見て、クラスみんなで支え合ってがんばっていることを思い出してほしかった。
 自分以外の全員からのメッセージが書かれたノートが一時間後に手元に戻ってきた。子供たちは、がぜんやる気になっていた。
 初日。子供たちの日記帳はやる気に満ちた言葉で埋め尽された。
「みんなに励ましの言葉を書いてもらってうれしかった。絶対百日続けたい。」
「自分と競争する、という2組のスローガンにぴったりだと思います。」
 折り返しの五十日め。
「ついに折り返し地点。この日記も前のページを見ると、こんなことあったんだなと思い出がつまってるような気がする。」
 全員びっしり百日間書き続けられたわけではなかった。冬休み中に数日の空白ができてしまった子もいた。
「ねむいから、今日は寝る。」「もうだめ。おやすみなさい。」というような1行だけのページが続く子もいた。それでも、子供たちは一人として途中でやめようとはしなかった。
 友達が今何を考え、どんなことを思っているのか、思春期の子供たちは敏感だ。不安定で日々揺れ動いている子供たちの心が日記の中に見え隠れする。私は毎日赤ペンの返事を入れ、学級通信で内容を紹介した。それに対してまた様々な反応が返ってくる。担任との、あるいは子供たち同士の日記でのキャッチボールが続けられた。卒業三十日前。
「今自分がクラスにしてあげられること、後輩にしてあげられることは何だろう。今日はそれを考えた。」
「こんな自分のままで、一ヶ月後卒業式を成功させられるのか、不安になってきた。私は少しは成長しているのだろうか。」卒業に対する意識の高まりが日記の中に表れてくる。
 そして最後のページ。「眠くて書きたくないとき、友達の言葉が書いてあったところを見た。みんなもがんばってるんだ、と、またやる気になって続けられたのがうれしかった。」
「僕は、小学校生活で失敗もたくさんした。でも、これが百日続いて少しだけ自信になった。中学でも日記を書き続けます。」
 卒業して八年後。成人式の日に電話がかかってきた。
「先生、あの百日日記、今も持ってるよ。」
「あれから毎年その時期になると、ついつい出して読んじゃうんだよね。」
「先生、これは捨てられないよやっぱり。六年二組の象徴だよね。」
 一冊の日記帳だが、みんなで支え合って続けてきたことを、彼らは誇りに思ってくれていた。
(小学校教諭・松島永子)

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